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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和25年(う)74号 判決 1950年3月20日

被告人

芦原一雄

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一年に処する。

理由

弁護人大橋茹、斎藤壽の控訴趣意第一点について。

(イ)原審第一回公判調書によれば裁判官が証拠調に入る旨を告げると檢察官は本件犯行事実を立証する爲と前置きし冒頭から所論(一)乃至(三)の各供述調書を各被害者作成の被害届と一括して其の取調を請求し裁判官は右各書面の証拠調決定を宣し檢察官は右各書面を(一)乃至(三)の各供述調書を先順位に各被害者作成の被害届を後順位に順次朗読提示して裁判官に提出した事実を証明することが出來る。然るに右(一)乃至(三)の各供述調書は何れも刑事訴訟法第三百二十二條第一項に所謂被告人に不利益な事実の承認を内容とし其の承認が自白である場合であるから同法第三百一條によつて犯罪事実に関する他の証拠が取調べられた後でなければ其の取調の請求の許されないものに該当する。故に檢察官の右(一)乃至(三)の各供述調書に対する証拠調の請求は右同條に違反するものであり之を認容した前記原審の証拠調の決定及び同決定に基く右各供述調書の証拠調手続の違法を免れないことはまことに所論の通りである。しかし他面右公判調書によれば、檢察官の起訴状朗読後被告事件に対する意見陳述において被告人はその通りであつて別に爭うことはない旨を答述しておるので他の原審共同被告人の場合とは異なり被告人に関する限りは所論(三)の被告人の供述調書の取調により特に裁判官に対し被告人に不利益な予断を抱かしめるような余地のあり得なかつたことを推論するに十分であるから前記証拠調の違法は判決の結果に影響を及ぼすものとは認めることが出來ない。論旨は結局において理由がない。

同第二点について。

(ロ)刑事訴訟法第二百九十一條第二百九十二條に則り第一審の公判期日における訴訟手続は先づ檢察官の起訴状朗読に始まり之に対する被告人及び弁護人の意見陳述に次いで証拠調の段階に進入するのであるが、右被告人の意見陳述権の範囲については何ら之を明定する法條の設けがないので事実承審の裁判官裁量により具体的事案の内容に即應し被告人の権利を防禦するに必要な限度において定まるものと思われるが、右被告人の有する陳述の権利は証拠調の手続以前の訴訟段階において與えられたものである点において証拠調手続中における個々の証拠調又は証拠の証明力に関する意見陳述の権利、証拠調手続終了後の最終意見陳述の権利などと異なり犯罪事実の証拠に関する意見の陳述は之を許されることのあり得ない外は被告事件に関する限り如何なる事項について如何なる陳述をするかは被告人の自由でありこの場合被告事件に関せず又は被告人の権利の防禦に不必要と認められる陳述が裁判官の裁量により制限を受けるに過ぎないことは前記説明の通りである。故に右自由な被告人の被告事件に関する陳述を其の赴くまゝに聽取し事実認定の資料に供する裁判官の態度は先に默否権を告げ且つ任意に供述すれば証拠となる旨を被告人に告示してある以上之を違法と目すべき理由がない。然し他面法第三百十九條第二項が公判廷における自白であると否とを問わず其の自白が被告人に不利益な唯一の証拠である場合は有罪とされない旨規定する趣旨に呼應して法第三百一條が被告人の自白調書は犯罪事実に関する他の証拠が取り調べられた後でなければ其の取調の請求を許されない旨を規定し被告人の自白調書を証拠調の発端に登場させることにより裁判官に対し事件に関する予断を生ぜしめる危險の防止を顧慮する法の精神に鑑みれば名を被告事件の陳述に藉り証拠調の手続に先行して犯罪事実の詳細な内容に亘り剩すところなく質問を展開して被告人の供述を求め特にその自白を追求するような訊問方法はたとい同尋問に対する被告人の供述が任意に爲されたものとしても裁判官において証拠調の手続を無視又は之を軽視して其の事前に被告人の供述のみによつて事件に対する或る種の牢固たる予断を形成せしめるおそれなしとしないのであり、かかる審問方式は一般に違法であり少くとも適切妥当を欠くものと云わざるを得ない。原審第一回公判調書によれば原審裁判官は檢察官の起訴状朗読に続いて被告人に対し被告事件について陳述することの有無を尋ね被告人がその通りであり何も爭うことがないと述べた後事件の具体的内容に関する詳細な質問を展開して被告人の供述を求め事件に対する完全詳密な自白の体系を築きあげた上証拠調に進行したことが認められるので原審審理の方法は前後の理由により妥当を欠くことは明である。しかしながら本件において原審が右審問方法を採つたことの爲め裁判官に特に被告人に不利益な予断が発生し判決の結果に影響を及ぼした事跡の認めうるものがないのであるから原判決には判決に影響ある訴訟手続の違法と目すべき欠陷がないことに帰着し論旨を採用することを得ない。

同第三点について。

(ハ)しかし原判決挙示の証拠中室新太郞の窃盜被害届によれば被害の日時として「昭和二十四年四月二十日頃より五月二十七日迄の間と記載せられてあるから原審においては右記載を根拠として判決第一の(イ)の犯罪日時を「昭和二十四年四月二十日頃から同年五月二十七日頃までの間」と認定したことが明であり右の記載によればこのような認定は勿論可能である。即ち犯罪の日時は罪となる事実そのものではなく同一性認識の標識たるに過ぎないから罪となる事実即ち罪体の証明せられる以上其の日時の如きは必ずしも嚴密な暦数的表現をもつて判示されなければならないものではないから、右認定の期間が所論のように被害者が盜難発生前最後に被害の場所に赴いた時と盜難発生後最初に被害場所に赴いた時との間の経過期間と一致するとしても右期間内に行われたことの明な犯罪の時間的表示として同期間を判示することは毫も不当ではなく又原審援用の他の証拠中犯罪の日時として昭和二十四年四月二十日頃から同年二十七、八日頃までの間との右と異る期間の記載があることは所論の通りであるが右両者は始期を共通にし其の終期を異にするのみであるところ諸般の資料に徴し右後者の終期は必ずしも正確妥当とは認め難いので原判決の如く前記被害者の被害届中の記載に準拠するを妥当とするのである。よつて原判決には所論のような証拠によらないで事実を認定し又は事実を誤認したようなことはない。

(註 本件は量刑不当にて破棄自判)

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